趣味

一言で言うと業の話だけど、そんな簡単な話というわけでもない。「錦繍」宮本輝 ※ネタバレあり

あらすじ

離婚した元夫婦が偶然出会い、そこから手紙のやりとりを始める。離婚時には話すことのできなかった互いの胸の内や、現在に至るまでの話等、全てが書簡形式で書かれている。

感想※ネタバレあり

これ、全てが手紙形式になっていて、お互いのやりとりが書かれているので話の流れはよくわかります。(「そこ?」て感じですが、これ、大事です。)

離婚した元夫婦が偶然出会い、元妻から手紙が届いてやりとりが始まります。

最初の元妻の手紙では、離婚した当時の心境や、後悔が書かれています。いや、後悔は全編に渡ってしているのだと感じます。ただ、それは離婚をした後悔ではないんです。離婚に至るまでの自身についての後悔なんだと思います。それは離婚に至るに限らずですね。

元夫も離婚した当時のことを書きます。この人、愛人がいて、その愛人に無理心中をされて、浮気が発覚し、離婚となったんですね。

なぜ一気に離婚にまで至ったかというと、元妻の父親はそれなりに大きな建設会社の社長をしており、娘婿である元夫を後継者にしたいと考えていたんです。

会社の後継問題というのはやはり派閥もありますから色々な根回しなども必要で、そういった観点からも元夫には会社からも家からも出て行ってもらうしかないと父親は考えていたのでした。

その後の元妻は会社とは全く関係のない大学の助教授をしている男性と結婚し、障害を持った息子を授かり育てています。

元夫の方は人生の転落を続けていました。何をしてもうまくいかない。それこそ、会社も女も転々とするんですね。

生きていることと死んでいることは同じ

この言葉は元妻がモーツァルトの曲を聞いていて感じたことでした。

また、この言葉を元妻からの手紙で読んで知り、元夫は無理心中で愛人に刺された時の話をします。

幽体離脱の話です。

これ、上の「生きていることと死んでいることは同じ」とも関係してくると思うんですが。

元妻からは特にこの「業」という言葉が出てきます。

この言葉ってあまり今の人って使わないですよね。

この中で元妻が言うのは「自分には業がある。それは夫に浮気をされる女だという業がある。」と。ちょっと言い回し違うんですがこんな感じ。

一方、元夫も転落を続ける自身の人生の話をします。

「業」の意味を調べたところ、「カルマ。前世での悪行の報い。」など、どちらかというと悪い意味合いなんですね。

私も「業」ってあると思います。

業って見えないんですよね。でも、同じ失敗をしたり望まないのに同じ結末になるってことはそれを引き起こす自分自身の考えや言動があると思うんです。

だから、見えないようでいて実は持って生まれたものなんだろうな、と。

自分の悪い癖ってなかなか直せないもんじゃないですか。分かっていても。

例えば短気な人に怒るなって言ってもすぐに直せるものじゃない。でもその短気のせいで損したことってきっとあると思うし、怒ったことによる結末って大抵よくないもの。それは短気に限らず、いろんなことで言えると思う。

これが、元妻の場合は、「プライドと自分の意見をしっかり言ってこなかったこと。流されること。」離婚はしたくなかったのに、売り言葉に買い言葉のように離婚を口に出してしまい、その上、父親からは圧力をかけられ、結果的に離婚をする。でも、元夫のことを忘れることができないまま、また父親に言われるままにいつの間にか再婚をしている。でも、その夫も愛人を作っている。

あの時、別れたくないの一言が元夫にも、父親にも言えなくて。ただ、それが自分の業だと気付いてるのではないかと。

元夫の場合は「プライド」でしょうかね。

ただ、最後に元妻は父親にはっきり言うんです。見て見ぬふりをしてきた夫の浮気について。夫と別れると伝えるのです。

そして自分は障害を持った息子を懸命に育てると決心するのです。そこには夫に対する恨みはありません。

そして元夫も、今一緒に暮らしている女性から逃げるのを諦めるというか、腹をくくるというか、決めるんですね。

抱えている「業」によってまた苦しい思いをするかもしれない。けれども、それを悔やみ、そのために苦しい思いをしてきたということが戒めになり、乗り越えて新しい境地になれるのかもしれない。

「生きていることと死んでいることは同じ」これは、生まれ変わり、死に変わっても消えていない業は残り続けるということでしょうか。

ただ、希望のある終わり方でした。

こちらの記事もおススメ

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください