「映画」カテゴリーアーカイブ

映画「日の名残り」~感想・ネタバレあり~

あらすじ

執事スティーブンスを中心に、1920年代から1930年代にかけての彼の回想シーンと現在が入り混じって物語が進んでいきます。

回想部分:ダーリントンホールでダーリントン卿に仕えていた頃の日々について。女中頭のミス・ケントンとの淡い恋?についてとダーリントン卿を巻き込むナチスドイツの計略が柱となってます。

現在:ダーリントンホールの新しい主となったアメリカ人のファラディ氏に仕え、人手不足解消のため、ダーリントン卿の元で一緒に働いていたミス・ケントン(結婚して遠方に引越し済み)に会いに旅に出る。

 

感想

アンソニー・ホプキンスの表情に釘付け!!

うまいと思うんですよ。でも、彼が回想をしたり、黙っている時の表情が・・・一言でいうと「ポッカ~ン」て感じで・・・。

こっちも「読めない・・・」てなってました。

物語が進むにつれてこれは後悔をしている顔なのか?と思い始めたんですが。

何しろ、彼、恋愛においてはすごく面倒くさい。分かりやすいほどのアプローチをされていても一歩も踏み出さない。これは執事という職業柄、職場恋愛をよしと思っていないからなのか。ともかくミス・ケントンの見え見えな態度にも全く動こうとしない。

回想時点で年齢がわからないんですが、結構年齢はいっていると思われる。ということは、年老いたから臆病になっているのか?それはそれで理解もできるけど。

 

それともう一つ、彼が後悔しているのではないかと思われる理由がダーリントン卿。

彼はたぶん、本当にいい人で紳士なんですね。彼なりに平和を望む気持ちをナチスドイツにいいように利用されたのではないかと思います。

スティーブンスは一切自分の意見を言わないんですね。それは執事として意見を言わないということだったと思うんです。

でも、おかしいとは感じていたはず。スティーブンスはダーリントン卿を敬愛していました。のちにダーリントン卿がナチスシンパと非難されてもその気持ちは変わらない。だからこそ・・・

 

「夕暮れ時が一番美しい時間」というようなセリフがあります。

この意味を考えていました。

きっと人の人生についても当てはめている言葉ではないかとは想像がいったんですが、スティーブンスにとって、と考えると出てこない。

一番美しいかどうかはわからないけど、私も夕暮れ時を美しいと思います。

暗くなっていく空をみていると重くて大きな幕がゆっくりと下りてくる感じで。「夜の帳」とはうまく言ったものだな、と思います。

スティーブンスはきっと期待を胸にミス・ケントンに会ったのでしょう。結果的に、断れるんですが、その時はやはり「ポッカ~ン」なんです。(ふざけてません)

でも、彼女と別れるバスのシーンで、大泣きな彼女に対してスティーブンスは微笑んでいる。

(女のいやらしさをちょっと感じましたが)自分にとっても夕暮れ時であると感じたのか。

それは美しさに気付いたということなのかな、て。

美しさに気付くということって、大事にすることにもつながっていく気がするんです。

ダーリントンホールに戻ってから新しい主であるファラディ氏と接するスティーブンスは何かすっきりしている感じを受けました。

夕暮れが美しいのは当然、人間の手を離れたところにあると思うんです。

でも、人の人生について思う時ってなんであれ、いろんなことがあり、いろんな感情があるから、心が動くのではないかと。

 

本当に作り手の意図を全く理解できない観客で申し訳ないと思うくらい「ポッカ~ン」しか記憶にない。

だから今度は原作を読んでみようかと思ってます。

映画「マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ」感想※ネタバレあり

【あらすじ】

アート関係の仕事をするマギーは大学で文化人類学者のジョンと出会う。ジョンにはコロンビア大学で働くジョーゼットという優秀で美人だけどちょっと自己中な妻がいる。

ジョーゼットが仕事を第一に優先するため家庭の事は子供の世話も含めジョンが担っている。実は彼には小説を書きたいという思いがあるんだけど、そんな余裕もない。

そんな時に自分の小説を読んで絶賛してくれるマギーに出会いお互いにひかれていく。

精子提供を受けて子供を産む計画を立てていたマギーだが、ジョンの告白で不倫の関係から、ジョーダンと離婚したジョンと結婚し子供をもうける。

幸せな結婚のはずが、彼は以前のジョーダンのように自分中心の生活をし、二人の子供であるリリーだけではなく、ジョーダンとの間の子供二人の面倒までマギーが1人でみている有様。

そんな彼に愛が冷めていくマギー。彼をジョーダンの元に戻せないかと考えるが・・・

 

【感想】

登場人物がみんな嫌な人じゃない。

主役のマギーはいい子なんだと思う。なんでもコントロールしようとするところがややあるけど、でも、思いやりがあるのもわかる。子供を持つということやその方法について冷静に分析して、実際に行動して・・・。ここまで計画的ならいいのかもしれない、とまで思ってしまった。

ジョンはダメ男。魅力はあるのかもしれないけど、ダメ男。なんか面倒くさいし。簡単なことを難しく言う人。でも、こういう男はモテると思う。男でも女でも自分の弱さを躊躇なく見せて寄りかかれる人ってモテると思う!(なんでか興奮しちゃった)それにしてもイーサン・ホークって若い頃は線の細そうな美少年て感じだったのに、ダメ男がすごく似合っててびっくりした。

そして、ジョーゼット。最初は本当に自分の好きな研究に没頭できて、成果を出せているけど、自己中な人だな、程度にしか思わなかった。でも、ジョーゼットもまた魅力的なの。ジョンのいいところもよく知ってるけど、当然ダメなところも理解している。別れた時にちゃんと反省もしてる。ダメジョンの尻を叩くこともできる。

 

最後まで観て思ったのは二人の女性が魅力的だったということと、女って強いな、てこと。

マギーもジョーゼットもなんだか揺るがない。その間をジョンがフラフラしてる。

 

1人の重要な登場人物のことだけは書きませんでした。

この人は映画の需要なキーパーソンですな。

 

着々と計画を立てては実行し、なんだか違う、てなってまた計画し、またあれ?て感じなマギー。

実行している時はクールでもない。淡々としているわけでもない。なんて言ったらいいんだろう。でも、彼女を動かしているのは純粋な何かのような気がする。

そんな彼女もコントロールすることをやめようと思うんです。

「起きたことを受け入れる」と。

 

最後のシーンで「受け入れなさい」て思いますから。

観てみて~

映画「聖の青春」感想 ~ネタバレあり~

【あらすじ】

29歳という若さで夭逝した天才棋士 村山聖九段の生涯を描いた作品。生涯とはなっていますが、主に村山九段が上京する前くらいから亡くなるまでの数年間の物語がメインになっています。

 

【感想】

幼い頃にネフローゼという病気にかかり、入院中に同室なのかな?他の子どもに将棋で負けて「もう一回!」みたいな感じのシーンが将棋を始めるきっかけになったのか?と思わせるシーンがありましたが、一部フィクションも入っているらしいのでここは不明です。

 

観始めた時に最初に思ったのは、

「この人、変わってる・・・」でした。

病気のために顔のむくみなどがあるのはわかったんですが、子供のようなかわいらしい顔をしているのに好んでトレンチコートを着ていたり、少女漫画が好きで読んでいたり、よくわけのわからないこだわりがところどころにみられたり。

女性が好きそうなマンションを気に入っているあたりはすごく笑えました。

強烈だけど、個性的で面白い。

一般的には失礼と思われるような発言も多々あるのに、なんだか憎めない感じ。

 

そこから一転、膀胱がんが見つかり、また、ネフローゼの症状でしょうか、村山さんの症状が悪化しているのかしんどそうな感じが漂うんです。

そこから鬼気迫るものを感じるようになります。

ともかく、ずっとしんどそうなんです。実際、調子のいい時なんてない、てセリフもありました。

 

この人にとっての将棋は「殺るか殺られるか」なんだと。

病状が悪化していることは本人も十分に分かっていると思うんです。最初は考えたくないのかと思ったんですが、確かにそれはないとは言い切れないけど、でももしかしたらどこまで進めるのかを考えていたのかもしれない、と思ってしまいました。

終盤、羽生さんと対戦があるんですが、そのシーンに胸を打たれました。元々、羽生さんの近くにいたくて上京したくらいに羽生さんの強さを認めている村山さん。

ただただ、静寂の中で将棋を指し続けるシーンなんですが、深い海の中のようだと感じたんです。二人だけに見える海の中で将棋を指し続ける。

それとも対局自体が二人にしか見えない海を見せているのか。

そこで村山さんが落手をします。

羽生さんはもちろん気付いているんでしょう。そこで羽生さんが少し泣いているんです。

それはきっと楽しくて仕方ない村山さんとの対戦が終わってしまうことへの悲しみなのか、落手によって村山さんの体調の悪化とそれの意味することを感じての悲しみなのか。

まさに壮絶だな、と思いましたね。

 

この人は命をかけたんだと。

意外だったのが、結婚して子供を持ちたいと考えていたというんですね。破天荒でマイペースで将棋のことしか考えていないのかと思ってたんですが。その叶えられない望みを口にする姿に、悲しみがすごく見えてしまって。

家族もそうなんです。

お母さんはただ、生きていて欲しいだけなんだな、て。

だから、自宅で村山さんが静養している時、夜、聞こえてくる将棋を指す音に思わず立ち上がるんです。

それを厳しく止める父親。

ただ、生きて欲しいから体を休めて欲しい。でも、先が短いことも知っているから好きにさせてあげたいとも思っている。

 

村山さんが自分が死んだら密葬にして欲しいとお父さんに言うんですね。それもお互い冗談を言いながら笑いあって。

「なんの話?」なんて笑って聞いてくるお母さんには内緒にします。これはそうだろうな、と。絶対笑えないと思うから。

母親にとっては自分が腹を痛めて生んだ「子供」のままで、尚且つ、丈夫に生んであげられなかったと自分を責めているから余計に受け入れらないんだと。

でも不思議とお父さんと密葬の話で笑っているシーンの方がより胸を痛くさせるんです。なんでだろう。

 

なんだかものすごくまとまってないけど、いい映画でした。

映画「パッセンジャー」感想ネタバレあり

【あらすじ】

地球の人口過多により他の惑星に移住するため宇宙船で旅をする5000人もの人々。目的地までにかかる時間は120年!その間、乗客は「冬眠」して過ごすんですが、機械の故障によりジムという男性一人だけが目覚めてしまいます。目覚めた時点で目的地までの残り時間は90年。

途方もない時間を一人きりで過ごすことに耐えられなくなり、自殺を図ろうとしますが寸でのところで思いとどまります。

そんな時、彼は冬眠中の乗客の一人である作家の「オーロラ」に恋をし、遂には彼女を起こしてしまうのです。

 

【感想】

最初、オーロラを起こしたあたりは「それはないでしょ!?」と思ってしまいましたが・・・

だって、本当に不幸なことだと思う。希望を持って移住を決意しただろうにたった一人で失意の中で残りの人生を限られた空間でしか生きていけないって。想像したくないほどの孤独感。

でもだからといって誰かを同じ道にひきずりこんでいいわけじゃないし、罪悪感をずっと感じながら一緒に過ごすのだって辛い。

例え好きになっても話してもいない相手と二人きりになって、実は性格が合わないとかだったらもう最悪な人生だよ、とか思ってました。

でも、じゃあ自分だったら?て考えるとわかんないかもしれない。孤独っていうのは本当に辛いと思うから。

 

ここからラストのネタバレですが、

 

お互いに好印象を持ち、愛し合うようになる二人ですがある日ジムがオーロラを起こしたことが知られてしまいます。ショックを受けるオーロラはジムを拒絶します。まあ、当然です。

そんな中、宇宙船に不具合が起き自分達を含む5000人の乗客を助けるため二人で協力して危機を乗り越えます。

このことがきっかけとなり、関係が修復されるというより、お互いの存在の大きさに改めて気付く二人。

そんな時、オーロラ一人を冬眠ポッドでもう一度眠らせることができるようになったとジムが告げます。

(本当に愛しているからこそ彼女の幸せを願うようになったということでしょうか?でもそもそも君が起こしたんだけどね、とか思ってしまったけど・・・)

 

目的地で再スタートがきれるとなっても結局彼と一緒に宇宙船の中で残りの人生を過ごすことを選んでしまうオーロラ。

単純な私はこれには納得してしまうものがありました。

新天地には夢も希望もある。でも、幸せになる確証はどこにもない。それに、「この人」というような想いを抱ける人に出会える可能性なんて人生を通してだってあるかどうかすらわからない。

少なくとも本当に愛を感じている男性に「眠っている君に毎日会いにくる」と言われれば感動するという意味ではなく、心を揺さぶられるはず。

なぜなら、眠っている自分に毎日会いに来る彼の姿を想像し、その孤独を思うだけで心が痛む以上にきっと疑問を感じ続ける気がする。彼を失っていいのか?彼に自分を失わせていいのか?自分が人生に求めているものは?

 

最後いい話になったけど、個人的には最初がひっかかってて「う~ん、まあいいか」ていう感想になってしまいました。

映画「ハングリーハーツ」感想※ややネタバレあり

幸せ度☆☆☆

≪あらすじ≫

愉快な出会いとは言い難い状況で出会った若い男女が女性の妊娠をきっかけに夫婦となります。しかし、それと同時に妻も変わっていきます。独自の考えに基づき、徹底した菜食主義による育児で、生まれた子供は骨と皮で栄養失調状態、妻自身もガリガリ。子供を救うため、夫も何とかしようとしますが・・・。

≪感想≫

なんか重かった。

奥さんが元々少し精神的に不安定な人なのか、妊娠をしたことにより不安定になってしまったのか。

夫婦も夫の母親も「愛」を口にするんですけど、「愛」て重いな、と思いましたね。いや、本当に愛しているんだと思うんですよ。でも、それを盾にした瞬間に恐ろしいものになるな、と。

「愛」の名のもとに自分を正当化したり、相手を従わせたり・・・

余談ではありますが、これって「正義」に似てるな、と思いました。

愛も正義も一見正しいものだから、これを言われると言われた相手は事の真偽は別として多少ひるむと思うんですよ。でも、両方とも決して客観的なものではないんですよね。正義でさえ、立場が変わればそれも変わるんですから。

この「正しそうなもの」て厄介だな、て改めて思いました。

 

妊娠中に彼女は不思議な夢を見るんです。鹿がハンターに撃たれるという内容なんですが、それがこれから起こることを象徴していたのかな、と。なんとも言えず、暗くて陰鬱な感じなんです。

決して望んでした妊娠ではなかったこと、それによって変わったことや不安は、例え子供を愛しいと思っても彼女に何かしらの影を落としたんでしょうか。

ただ、この女優さん、全然表情が読めないんですよ。全くの無表情。不気味さを感じるほど。だから、ちょっと思ったんです。本当は彼女は心のどこかで妊娠をさせた夫を恨んでいたんではないか、て。それは自分でも意識することもないほど深いところで。でも、途中で自分をコントロールすることもできず、希望さえ感じてなかったんじゃないか、て。最後の彼女の表情を見て思ってしまいました。

この家族に全く感情をいれない第三者が冷静に、かつ多少強引に介入することができていたならもしかしたら結末は変わっていたのかもしれないな、と思いました。

観ながら感じたのが、なんか柔らかい檻の中みたいだな、て思ったんですよ。逃げられないし、逃げようとしない、捕まえていて、捕まってる。動きたいのに動けない、みたいな。心地いいわけじゃないんです。でも「愛」であったり「愛のようなもの」が見えてるから身動きできない・・・て感じでしょうか。

だから、何度も「あ~、もう!」みたいな感じになってました、私が。

映画「マダム イン ニューヨーク」感想※ややネタバレあり

≪あらすじ≫

インドで夫と娘、息子、義母と暮らすシャシは料理が得意な専業主婦。子供達の学校では英語が使われており、また、夫も仕事で日常的に英語を使用するため、ヒンドゥー語しか話せないシャシを夫だけでなく娘まであからさまにバカにします。そんな時、ニューヨークに住む姪が結婚することになり、その準備のため一人、先にアメリカへと旅立ちます。英語が話せないシャシはニューヨークでも話せないことによって辛い経験をするのですが、一念発起し、誰にも内緒で英会話学校に通いだします。様々な国から様々な理由で集まったクラスメートと共に英会話習得に励みますが・・・。

 

≪感想≫

まず、すごくよかったです。最初は英語を学ぶことによって世界が広がる、て感じの話なのかと思ったけど、それ以上でした。

「人は自分を嫌いになると自分の周りの世界も嫌になって新しいものを求めてしまう。でも、自分を愛すれば古い世界も新鮮に感じる。」

シャシの言葉です。世界が広がることはいいことだけど、内なる自分を見つめて、声を聴き、愛することで新しい見え方ができる、てことなのかな。

英語を話せない自分を情けないと感じ、バカにする家族に対しても責める気持ちを持つシャシ。そして、自分に好意を寄せてくる男性に戸惑いながらもときめいてしまう。これ、わかる気がする。何かうまくいかない、て思うと何かのせいにして新しいことを求めてしまう。でも、原因は自分の中にあるから新しいものを手にいれてもまた悩んでしまうんですよね。

また、最後のシーン、主人公のシャシが姪の結婚式のスピーチでこう言います。

「自分を助けてくれる最良の友は自分」(ちょっと言い回しが違うかも?)

人は誰かとの関わりの中で生きている。それは時に自分の世界を小さく捉えてしまったり、自分の価値観の基準を見失わせることもある。そうなると自分を嫌いになったり、心が平静でいられなくなる時もでてくる。

でも、誰かを見て答えを求めるのではなく、自分を助ける方法を自分自身で与えてあげる。

これって意外に難しい。なぜって、外に求める方が楽だから。

シャシは勇気をもって現状を変え、自分への敬意を深めます。不満や失望から逃げるのではなく、自らの手で慈しみ、愛をかけるために。

シャシは英語を習い始めましたが、これってきっと、英語を習得しなくてもよかったんだな、と思います。英語の習得はただの手段なだけで。たまたま状況的に英語を話せた方が楽で、勇気をだして行動に移したということがシャシの心まで変えていった結果じゃないかな、て。

行動するってことは、いい悪いは別として、自分の内外が変わりますからね。そのハードルが高いほどに。

インド映画特有の歌とダンスはエンディングのみですが、楽しくて、勇気が出てくる映画でした。