映画「幸せなひとりぼっち」ネタバレあり

2015年スウェーデン

監督:ハンネス・ホルム

出演:ロルフ・ラスゴード

 

あらすじ

妻をなくした中年男性のオーヴェは自分が住む住宅地の違法駐車やゴミの分別、環境美化に厳しく、ちょっと?大分偏屈なおじいさん。

会社でリストラに遭ったのがきっかけになったのか首吊り自殺を図ります。そんな時、下手くそな運転で目の前の通りを車が通るのを窓から見かけますが、そこは通行禁止。見逃せずに一旦中止して怒鳴りにいきます。

その後、気を取り直して何度も自殺を試みますがそのたびに隣に引っ越してきた隣人(上記車の持ち主)家族に邪魔をされてうまくいきません。

嫌さを隠さずご近所と付き合うオーヴェでしたが、彼自身も変わっていきます。

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感想(※ネタバレします)

最初は偏屈なおじいさんってほんとにイヤだなぁ~、程度で観てました。

ただ、妻のお墓に何度も足を運ぶ姿を見てきっと愛情深い人ではあるのか?とは思ったんですが。

 

隣人の女性(イラン人のパネヴァネ)と交流を持つようになったのは彼女の旦那がケガをしたため、彼女に車の運転を教えることになったからでした。

そこから彼女の二人の小さな娘達とも不器用に交流をしていくようになるのです。

ある時、路上で運転の練習を始めたはパネヴァネは後ろの車のクラクションの音で動転し、バックをして後のくるまにぶつけてしまいます。

そこで助手席にいたオーヴェは車から降り、後ろの車にキレて「次にクラクションを鳴らしたら殺してやる」なんて物騒なことを言います。彼女にもややキレながら「2回の出産に耐え、今度は3回目(妊娠中なんです、彼女)。イランの戦場からここまでたどり着き新しい言葉を学びダメ男と結婚した。運転くらいなんでもない。」と。冷静さを取り戻した彼女は車を進ませます。

ここからですかね。本当の意味で交流ができてくるのが。

オーヴェの人柄の良さがすごく出てる。

オーヴェの過去

オーヴェは幼いころに母親を亡くし、無口だけれども誠実で勤勉な父親と二人暮らしを始めます。そんな父親との共通の会話は父の愛車のサーブ。

ですが、そんな父親もオーヴェが青年になった時分に不慮の事故により亡くなります。

父親が亡くなったことにより働かなくてはいけなくなったオーヴェは亡き父の職場で働くことになります。

そして、また悲しい出来事がおこります。

火事になった隣人の家から飛び火し、父親と住んでいた家が燃え落ちてしまうのです。折しも当時の建築基準に沿っていないという理由でオーヴェは立ち退きを迫られていました。

家をなくしたオーヴェは列車に乗り、眠り込んでしまいます。目を覚ますと目の前には美しい女性。その女性はオーヴェの乗車券を代わりに払ってくれるのです。彼女に会うためにいつも同じ時間の列車にのりますがなかなか会えません。やっと3週間後に会ってお金を返そうとしますが、女性から食事に誘って、と言われます。

見栄をはって軍に勤めているというオーヴェですが、食事の早い段階で彼女に本当のことを話します。

オーヴェが自身の注文をしない理由を聞いた彼女に答える形で。

本当は自分は列車の清掃員であること。

他に食事を頼まないのは彼女が好きなものを注文できるように。

また、家がないことも正直に話します。

 

そこまで話して席を立ち、帰ろうとした彼をつかまえて彼女はキスをします。

それが後に最愛の妻となる、ソーニャでした。

ソーニャの勧めで資格をとり、それを機に結婚をした二人。

幸せなひと時を過ごします。

 

その後、念願の妊娠をしたソーニャですが、出産前にオーヴェと出かけた旅行の最中にバスの事故に遭い、赤ちゃんは流れ、ソーニャは車椅子の生活となります。

学校の教師になるという長年の夢を諦めず彼女は無事卒業を果たします。採用試験を受け続けるソーニャですが、なかなかうまくいきません。理由は車椅子だから。

 

そんな時、オーヴェはただ怒ってました。それはもう、全てのものにでしょうね。

事故の責任をとらせようとあらゆるところに訴えたり、ソーニャを不採用にした学校に直談判に行ったり。

 

絶望している彼を、状況を変えたのはソーニャの一言でした。

「今を必死に生きるのよ」

それから彼は学校に車いす用のスロープを作り、ソーニャは採用されます。

問題のある子どもたちのクラスを担当したのですが、ソーニャは生徒の可能性を信じ、大勢の前での朗読まで成功させるに至ったのです。

彼女は子供たちのために戦いました。自分は失ったのに。

 

そして、半年前にガンで亡くなったソーニャにオーヴェは後を追うと約束していたのでした。

 

 

最後に、オーヴェの自殺は成功しません。

彼は心臓の病気で亡くなります。

眠りながら。

 

でも、最期に、オーヴェはただの偏屈な人ではなく愛してくれる人達に囲まれ、受け入れられていました。

そしてね、きっと何度も自殺に失敗したのはソーニャの仕業だと思うのです。

生きて欲しかったんじゃないかな、て。

人って歳をとると偏屈になったり、頑固になったりすると思うんです。悲しいかな、そんな傾向は多かれ少なかれあると思う。その人のいいところを覆い隠してしまうような。

 

でも、無理やりではあったけれど、周りの人と交流して、オーヴェの本来のいいところが理解され、顔も柔らかくなってた。

ラストで列車の中で目を覚ましたオーヴェの目の前には若き日のように、けれど、年老いたソーニャが微笑んで座っていました。

ソーニャは自分が死んだ後もオーヴェに一生懸命生きて欲しかったんじゃないか、て。与えられた命を精一杯生きて欲しかったんじゃないか、て。

 

切なくて、でもところどころ笑えて、すごくいい映画でした。

 

映画「ウェディング・テーブル」感想※ネタバレあり

「ウェディング・テーブル」

2017年 アメリカ

監督:ジェフリー・ブリッツ

出演:アナ・ケンドリック、レイヤ・メイヤーズ

 

【あらすじ】

新郎新婦から最も遠い席「19番テーブル」は、花嫁の母親曰く「結婚祝いのプレゼントを贈ったら式には出席しなくていい人」という括りの席。

そこに集められた人々は多少変わり者であったり、何か事情があるといった感じ。

その中でも大いに問題がありそうなのが花嫁フランシーの親友で花嫁介添え人になるはずだったエロイーズ。彼女はフランシーの兄であるテディと付き合っていたが別れたために、19番テーブルに追いやられてしまう。

フランシーを純粋にお祝いしたいと出席するも新しい彼女といちゃつくテディを前に冷静ではいられない。

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【感想】※ネタバレあり

本編は1時間30程度かな?

すごくよかった。

ありがちといえばありがちなまとめ方だけど、テディとエロイーズに関して予想が外れた・・・

 

19番テーブルに集められたのはフランシーの乳母をしていた「ナニー・ジョー」、フランシーの従妹の「ウォルター」、フランシーの父親の友達の息子の「レンゾ」(遠いな!)、新郎の父親の同業者である「ビーナとジェリー夫婦」、そしてフランシーの親友の「エロイーズ」。

 

物語はエロイーズを中心に動くんですが、その他のメンバーの事情も少しずつわかってくる。

 

ナニー・ジョーは80過ぎくらいかな?独身のまま年をとり、結婚式の時点で病に侵されて余命は1年ないくらい。多分、乳母という仕事に誇りを持ってきたけれど、どこかで報われない諦めというか寂しさ、そして後悔も感じる。

 

レンゾは10代の少年。父親を早くに亡くし、母親と二人きりだけどお涙ちょうだいな感じではない。ともかく彼女が欲しくて間違ったアプローチばかりで女の子に引かれてる。対する母親も携帯で微妙な指示を出してくる謎な親子。

 

ウォルターは最初、精神科に入院しているのか?と思ったけど、実はフランシーの父親から金を盗み服役していた。今は更生施設に入所中。ただ、ウォルターはすごく頭がいいみたいでその上、これはフォローにはならないけど優しい性格。友達に騙されてお金を横領したんだけど、これも友達が困っていると思ったから。

 

そして最後のビニーとジェリー夫婦はダイナーを経営している50代くらいの夫婦。この人達はまともなのかと思ったけど、やはり問題を抱えてる。ビニーは今回、不倫相手に会うために結婚式に出席していたんですね。

そんなに問題あるのか?と思ったけど、ジェリーに「自分が愛したビニーは不倫をするような女じゃなかった」て言われて、ビニーも言い返すんです。ジェリーには「自分は変わってない」て言われて一見正論なんだけど、ビニーは「昔は愛されていると思ってた」て言うんです。

ジェリーは本をよく読んでいるんですが、推理が好き。会話がちょっと意地悪。斜め斜めな感じ。

あくまで推測だけど、ジェリーは確かに不倫なんてしていない。けど、ビニーと真正面から見て「話をする」ことをしてこなかったんじゃないか、て。

なんか、そういうのって一人でいる以上に寂しく感じることってあると思うから。

 

 

話の中心になるエロイーズですが、最初はこんなチャラい男となんで?て思ったんです。

エロイーズと付き合う前の元カノとまた付き合ってイチャイチャしてて頭悪そうな感じで、全然惹かれた理由がわからない、て。

それで、テディに見せつけるために偶然知り合ったイケメンな男性といい感じになったりするんです。

これで、新しい恋か?て単純に思ってしまった。

 

だって、映画だから。ありえないロマンスはつきものでしょう?

 

でも違った。エロイーズはテディの子を妊娠していたんですね。

それに気付いたナニー・ジョー。19番テーブルメンバー全員でテディを責めるんですが、ここでまた新しい事実が発覚。

 

テディはエロイーズを本当に愛していたのです。テディは自分を知っている。ちょっとおバカなところも知っている。だから、エロイーズが自分には値しない女性だということ。子供ができればきっと子供にも自分はバカにされるとエロイーズが思っているということも。だから彼はエロイーズに妊娠の話をされた時に「どうしたい?」て聞いたんですね。

彼女を失いたくないから。

彼女を失望させ続け、自分自身にも失望し続ける人生なんて耐えられないと。

 

でも、この「どうしたい?」に当然エロイーズは切れたんですね。当然です。周りが反対している時にこそ唯一彼にだけは味方でいて欲しいのにその彼が「どうしたい?」ですからね。

ただ、この時の彼女の「ろくでもない父親になる」という言葉にテディはショックを受けたんですね。

 

お互いにちゃんと話せなかったんです。テディは「やっと言えた」と。そりゃあ言えない内容ですよね。

 

私も元カレに「蔑むのやめて」て言われてショックだった。

 

気を取り直して、私、ここでテディってもしかしていい人?て思ったんです!!

 

そして色々ありまして、結論言うと二人はよりを戻します。

エロイーズは彼に言うんです。「自分も失敗をする。でも、彼にしか失望したくないし、自分も彼にしか失望されたくない。」と。

 

お互いに許し合うことを約束し、元に戻るんです。

 

最後に少しだけ、その後の内容がでるんですが、やっぱりちょっと抜けてるテディだけど、エロイーズはテディのしてくれたことに感謝をし、テディのことを褒めます。テディもまた、失望させたという感じでもなく、間違いを謝り、そしてエロイーズに感謝をします。

 

ここが大事なのかなぁ、て。

夫婦に限らず、関係が近くなればなるほど不思議に人ってもっともっと、て求めるようになる気がするんです。

本当ならその存在が大事なものになればなるほど感謝をするべきなのかもしれないのに。

 

簡単なようで難しい・・・

でも、

いい映画でした☆

 

映画「アデライン、100年目の恋」ネタバレあり・感想

「アデライン、100年目の恋」

2015年 アメリカ

監督:リー・トランド・クリーガー

出演:ブレイク・ライヴリー、ミキール・ハースマン

 

【あらすじ 】

ある事故により年をとらない体になったアデライン・ボウマン。身の安全のために10年ごとに容姿から名前、住所を変えて生活する。ちょうど10年が経とうとし、居場所を変えるための準備をしている頃にエリスという男性と出会います。

人と深く関わらないようにしているアデラインでしたが、少しずつエリスと距離を縮めていく。

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 【感想(ネタバレあります)】

「アデライン・ボウマン」という名前の響きが既に好き。

ブレイク・ライブリーが特に素敵なんです。オシャレなのは当然ですが、クラシカルで品があってファッションから立ち居振る舞いまで全てにときめいてしまいました。

 

偶然が重なって年をとらない体になってしまったアデラインは自分自身の身に起きた理由はわからないまでも、結論として何が起こっているのかはわかっている。

そのために、政府に狙われることにもなり、自分と一人娘の身を守るために娘の元を離れ一人で居場所を転々とします。

 

映画がすすむにつれ感じるのはアデラインの寂しさ。

 

本当のことを娘以外の誰にも話せず、ただ、身を守るために注意を払い続ける。

昔の写真を殊更に大事にするのはそれが当然、愛する家族の写真だからということでもあるけど、それこそが偽って生きなくてはいけないアデラインにとっての「確かなもの」だったのではないかと思います。

孫の世代まで飼ってかわいがっていた犬にまで置いて行かれ、常人である娘は当然歳をとり、人前では「祖母=娘、孫=自分」という説明をしている。

 

同じ頃に出会ったエリスはともかく積極的。好き好きアピールがすごい。

次第に惹かれていくアデラインでしたが、以前の恋を思い出したりして気持ちが揺れます。また、辛い別れがくるのかと。そんな時、病気の愛犬を安楽死させたショックによりエリスを突き放してしまうんです。しかし娘と話し、結果的に思い直しエリスの気持ちを受け入れます。

 

仲直りをした二人はエリスの実家に行くことになるんですが、そこで会うのが以前の恋人。

 

なんとエリスのお父さんは以前、アデラインが本気で好きになった元恋人だったんですね。

 

お父さんはもちろんびっくりしますが、自分の母親のことだろうと言って、なんとかごまかします。

 

でもやっぱりバレるんですね。

お父さんがアデラインの手にある傷は自分がつけたものだと。

どういうことなのか?と問いただされ、正直に話します。

 

お父さんは彼女に同情しますが、自分に事情が知れたしまったからと言ってエリスの元を去らないで欲しいとお願いしますがアデラインは去っていくんです。

 

ここまでアデラインを頑なにしたのはやはり恐怖でしょう。

政府につかまれば人体実験をされるのは容易に想像ができる。

ただ、それから逃れるために逃げ続ける。

 

 

彼女がここまで逃げ切れたのはアデラインが賢く理性的な女性だったからでしょう。

 

それでも、これまでは娘と電話で話したりたまに会っていたからまだ精神の安定を保てたと思うんです。

 

それが娘までこの世を去った時に彼女はどういう生き方をするのかと考えてしまいました。

 

結末を言うと、アデラインはエリスに全てを話します。

エリスはそれを受け入れ、最後のシーンでは娘とも一緒に暮らしていました。娘のフレミングも泣いて喜びます。母親をたった1人置いていくことを心配していたんでしょう。エリスとのことを応援していましたから。

 

目立たないように、写真といったものにも写らないようにと注意を払って生きてきたアデラインはパーティに行くのにカメラを手にします。

 

彼女は人生を生きることにしたんだと。

 

それと同時にまさに完璧な奇跡も起こります。

 

 

老いないということは特に女性からすると夢のような話に思えます。

でも、いつだって自分1人で生きているわけではないから楽しいし、毎日が大事なんだと強く感じましたね。

 

 

映画「日の名残り」~感想・ネタバレあり~

あらすじ

執事スティーブンスを中心に、1920年代から1930年代にかけての彼の回想シーンと現在が入り混じって物語が進んでいきます。

回想部分:ダーリントンホールでダーリントン卿に仕えていた頃の日々について。女中頭のミス・ケントンとの淡い恋?についてとダーリントン卿を巻き込むナチスドイツの計略が柱となってます。

現在:ダーリントンホールの新しい主となったアメリカ人のファラディ氏に仕え、人手不足解消のため、ダーリントン卿の元で一緒に働いていたミス・ケントン(結婚して遠方に引越し済み)に会いに旅に出る。

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感想

スティーブンス役のアンソニー・ホプキンスの表情に釘付け!!

うまいと思うんですよ。でも、彼が回想をしたり、黙っている時の表情が・・・一言でいうと「ポッカ~ン」て感じで・・・。

こっちも「読めない・・・」てなってました。

物語が進むにつれてこれは後悔をしている顔なのか?と思い始めたんですが。

何しろ、彼、恋愛においてはすごく面倒くさい。分かりやすいほどのアプローチをされていても一歩も踏み出さない。これは執事という職業柄、職場恋愛をよしと思っていないからなのか。ともかくミス・ケントン(エマ・トンプソン)の見え見えな態度にも全く動こうとしない。

回想時点で年齢がわからないんですが、結構年齢はいっていると思われる。ということは、年老いたから臆病になっているのか?それはそれで理解もできるけど。

 

それともう一つ、彼が後悔しているのではないかと思われる理由がダーリントン卿。

彼はたぶん、本当にいい人で紳士なんですね。彼なりに平和を望む気持ちをナチスドイツにいいように利用されたのではないかと思います。

スティーブンスは一切自分の意見を言わないんですね。それは執事として意見を言わないということだったと思うんです。

でも、おかしいとは感じていたはず。スティーブンスはダーリントン卿を敬愛していました。のちにダーリントン卿がナチスシンパと非難されてもその気持ちは変わらない。だからこそ・・・

 

「夕暮れ時が一番美しい時間」というようなセリフがあります。

この意味を考えていました。

きっと人の人生についても当てはめている言葉ではないかとは想像がいったんですが、スティーブンスにとって、と考えると出てこない。

一番美しいかどうかはわからないけど、私も夕暮れ時を美しいと思います。

暗くなっていく空をみていると重くて大きな幕がゆっくりと下りてくる感じで。「夜の帳」とはうまく言ったものだな、と思います。

スティーブンスはきっと期待を胸にミス・ケントンに会ったのでしょう。結果的に、断れるんですが、その時はやはり「ポッカ~ン」なんです。(ふざけてません)

でも、彼女と別れるバスのシーンで、大泣きな彼女に対してスティーブンスは微笑んでいる。

(女のいやらしさをちょっと感じましたが)自分にとっても夕暮れ時であると感じたのか。

それは美しさに気付いたということなのかな、て。

美しさに気付くということって、大事にすることにもつながっていく気がするんです。

ダーリントンホールに戻ってから新しい主であるファラディ氏と接するスティーブンスは何かすっきりしている感じを受けました。

夕暮れが美しいのは当然、人間の手を離れたところにあると思うんです。

でも、人の人生について思う時ってなんであれ、いろんなことがあり、いろんな感情があるから、心が動くのではないかと。

 

本当に作り手の意図を全く理解できない観客で申し訳ないと思うくらい「ポッカ~ン」しか記憶にない。

だから今度は原作を読んでみようかと思ってます。

 

 

映画「マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ」感想※ネタバレあり

【あらすじ】

アート関係の仕事をするマギーは大学で文化人類学者のジョンと出会う。ジョンにはコロンビア大学で働くジョーゼットという優秀で美人だけどちょっと自己中な妻がいる。

ジョーゼットが仕事を第一に優先するため家庭の事は子供の世話も含めジョンが担っている。実は彼には小説を書きたいという思いがあるんだけど、そんな余裕もない。

そんな時に自分の小説を読んで絶賛してくれるマギーに出会いお互いにひかれていく。

精子提供を受けて子供を産む計画を立てていたマギーだが、ジョンの告白で不倫の関係から、ジョーダンと離婚したジョンと結婚し子供をもうける。

幸せな結婚のはずが、彼は以前のジョーダンのように自分中心の生活をし、二人の子供であるリリーだけではなく、ジョーダンとの間の子供二人の面倒までマギーが1人でみている有様。

そんな彼に愛が冷めていくマギー。彼をジョーダンの元に戻せないかと考えるが・・・

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【感想】

登場人物がみんな嫌な人じゃない。

主役のマギーはいい子なんだと思う。なんでもコントロールしようとするところがややあるけど、でも、思いやりがあるのもわかる。子供を持つということやその方法について冷静に分析して、実際に行動して・・・。ここまで計画的ならいいのかもしれない、とまで思ってしまった。

ジョンはダメ男。魅力はあるのかもしれないけど、ダメ男。なんか面倒くさいし。簡単なことを難しく言う人。でも、こういう男はモテると思う。男でも女でも自分の弱さを躊躇なく見せて寄りかかれる人ってモテると思う!(なんでか興奮しちゃった)それにしてもイーサン・ホークって若い頃は線の細そうな美少年て感じだったのに、ダメ男がすごく似合っててびっくりした。

そして、ジョーゼット。最初は本当に自分の好きな研究に没頭できて、成果を出せているけど、自己中な人だな、程度にしか思わなかった。でも、ジョーゼットもまた魅力的なの。ジョンのいいところもよく知ってるけど、当然ダメなところも理解している。別れた時にちゃんと反省もしてる。ダメジョンの尻を叩くこともできる。

 

最後まで観て思ったのは二人の女性が魅力的だったということと、女って強いな、てこと。

マギーもジョーゼットもなんだか揺るがない。その間をジョンがフラフラしてる。

 

1人の重要な登場人物のことだけは書きませんでした。

この人は映画の需要なキーパーソンですな。

 

着々と計画を立てては実行し、なんだか違う、てなってまた計画し、またあれ?て感じなマギー。

実行している時はクールでもない。淡々としているわけでもない。なんて言ったらいいんだろう。でも、彼女を動かしているのは純粋な何かのような気がする。

そんな彼女もコントロールすることをやめようと思うんです。

「起きたことを受け入れる」と。

 

最後のシーンで「受け入れなさい」て思いますから。

観てみて~

ちなみに、これ、私はWOWOWで観たんですが、アマゾンプライムのプライムビデオの無料見放題にも入ってて、若干ショック・・・

観られる期間はあるみたいだけど、結構メジャーなの入ってるんです。

 

映画「聖の青春」感想 ~ネタバレあり~

【あらすじ】

29歳という若さで夭逝した天才棋士 村山聖九段の生涯を描いた作品。生涯とはなっていますが、主に村山九段が上京する前くらいから亡くなるまでの数年間の物語がメインになっています。

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【感想】

幼い頃にネフローゼという病気にかかり、入院中に同室なのかな?他の子どもに将棋で負けて「もう一回!」みたいな感じのシーンが将棋を始めるきっかけになったのか?と思わせるシーンがありましたが、一部フィクションも入っているらしいのでここは不明です。

 

観始めた時に最初に思ったのは、

「この人、変わってる・・・」でした。

病気のために顔のむくみなどがあるのはわかったんですが、子供のようなかわいらしい顔をしているのに好んでトレンチコートを着ていたり、少女漫画が好きで読んでいたり、よくわけのわからないこだわりがところどころにみられたり。

女性が好きそうなマンションを気に入っているあたりはすごく笑えました。

強烈だけど、個性的で面白い。

一般的には失礼と思われるような発言も多々あるのに、なんだか憎めない感じ。

 

そこから一転、膀胱がんが見つかり、また、ネフローゼの症状でしょうか、村山さんの症状が悪化しているのかしんどそうな感じが漂うんです。

そこから鬼気迫るものを感じるようになります。

ともかく、ずっとしんどそうなんです。実際、調子のいい時なんてない、てセリフもありました。

 

この人にとっての将棋は「殺るか殺られるか」なんだと。

病状が悪化していることは本人も十分に分かっていると思うんです。最初は考えたくないのかと思ったんですが、確かにそれはないとは言い切れないけど、でももしかしたらどこまで進めるのかを考えていたのかもしれない、と思ってしまいました。

終盤、羽生さんと対戦があるんですが、そのシーンに胸を打たれました。元々、羽生さんの近くにいたくて上京したくらいに羽生さんの強さを認めている村山さん。

ただただ、静寂の中で将棋を指し続けるシーンなんですが、深い海の中のようだと感じたんです。二人だけに見える海の中で将棋を指し続ける。

それとも対局自体が二人にしか見えない海を見せているのか。

そこで村山さんが落手をします。

羽生さんはもちろん気付いているんでしょう。そこで羽生さんが少し泣いているんです。

それはきっと楽しくて仕方ない村山さんとの対戦が終わってしまうことへの悲しみなのか、落手によって村山さんの体調の悪化とそれの意味することを感じての悲しみなのか。

まさに壮絶だな、と思いましたね。

 

この人は命をかけたんだと。

意外だったのが、結婚して子供を持ちたいと考えていたというんですね。破天荒でマイペースで将棋のことしか考えていないのかと思ってたんですが。その叶えられない望みを口にする姿に、悲しみがすごく見えてしまって。

家族もそうなんです。

お母さんはただ、生きていて欲しいだけなんだな、て。

だから、自宅で村山さんが静養している時、夜、聞こえてくる将棋を指す音に思わず立ち上がるんです。

それを厳しく止める父親。

ただ、生きて欲しいから体を休めて欲しい。でも、先が短いことも知っているから好きにさせてあげたいとも思っている。

 

村山さんが自分が死んだら密葬にして欲しいとお父さんに言うんですね。それもお互い冗談を言いながら笑いあって。

「なんの話?」なんて笑って聞いてくるお母さんには内緒にします。これはそうだろうな、と。絶対笑えないと思うから。

母親にとっては自分が腹を痛めて生んだ「子供」のままで、尚且つ、丈夫に生んであげられなかったと自分を責めているから余計に受け入れらないんだと。

でも不思議とお父さんと密葬の話で笑っているシーンの方がより胸を痛くさせるんです。なんでだろう。

 

なんだかものすごくまとまってないけど、いい映画でした。

 

映画「パッセンジャー」感想ネタバレあり

【あらすじ】

地球の人口過多により他の惑星に移住するため宇宙船で旅をする5000人もの人々。目的地までにかかる時間は120年!その間、乗客は「冬眠」して過ごすんですが、機械の故障によりジムという男性一人だけが目覚めてしまいます。目覚めた時点で目的地までの残り時間は90年。

途方もない時間を一人きりで過ごすことに耐えられなくなり、自殺を図ろうとしますが寸でのところで思いとどまります。

そんな時、彼は冬眠中の乗客の一人である作家の「オーロラ」に恋をし、遂には彼女を起こしてしまうのです。

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【感想】

最初、オーロラを起こしたあたりは「それはないでしょ!?」と思ってしまいましたが・・・

だって、本当に不幸なことだと思う。希望を持って移住を決意しただろうにたった一人で失意の中で残りの人生を限られた空間でしか生きていけないって。想像したくないほどの孤独感。

でもだからといって誰かを同じ道にひきずりこんでいいわけじゃないし、罪悪感をずっと感じながら一緒に過ごすのだって辛い。

例え好きになっても話してもいない相手と二人きりになって、実は性格が合わないとかだったらもう最悪な人生だよ、とか思ってました。

でも、じゃあ自分だったら?て考えるとわかんないかもしれない。孤独っていうのは本当に辛いと思うから。

 

ここからラストのネタバレですが、

 

お互いに好印象を持ち、愛し合うようになる二人ですがある日ジムがオーロラを起こしたことが知られてしまいます。ショックを受けるオーロラはジムを拒絶します。まあ、当然です。

そんな中、宇宙船に不具合が起き自分達を含む5000人の乗客を助けるため二人で協力して危機を乗り越えます。

このことがきっかけとなり、関係が修復されるというより、お互いの存在の大きさに改めて気付く二人。

そんな時、オーロラ一人を冬眠ポッドでもう一度眠らせることができるようになったとジムが告げます。

(本当に愛しているからこそ彼女の幸せを願うようになったということでしょうか?でもそもそも君が起こしたんだけどね、とか思ってしまったけど・・・)

 

目的地で再スタートがきれるとなっても結局彼と一緒に宇宙船の中で残りの人生を過ごすことを選んでしまうオーロラ。

単純な私はこれには納得してしまうものがありました。

新天地には夢も希望もある。でも、幸せになる確証はどこにもない。それに、「この人」というような想いを抱ける人に出会える可能性なんて人生を通してだってあるかどうかすらわからない。

少なくとも本当に愛を感じている男性に「眠っている君に毎日会いにくる」と言われれば感動するという意味ではなく、心を揺さぶられるはず。

なぜなら、眠っている自分に毎日会いに来る彼の姿を想像し、その孤独を思うだけで心が痛む以上にきっと疑問を感じ続ける気がする。彼を失っていいのか?彼に自分を失わせていいのか?自分が人生に求めているものは?

 

最後いい話になったけど、個人的には最初がひっかかってて「う~ん、まあいいか」ていう感想になってしまいました。

 

映画「ハングリーハーツ」感想※ややネタバレあり

幸せ度☆☆☆

≪あらすじ≫

愉快な出会いとは言い難い状況で出会った若い男女が女性の妊娠をきっかけに夫婦となります。しかし、それと同時に妻も変わっていきます。独自の考えに基づき、徹底した菜食主義による育児で、生まれた子供は骨と皮で栄養失調状態、妻自身もガリガリ。子供を救うため、夫も何とかしようとしますが・・・。

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≪感想≫

なんか重かった。

奥さんが元々少し精神的に不安定な人なのか、妊娠をしたことにより不安定になってしまったのか。

夫婦も夫の母親も「愛」を口にするんですけど、「愛」て重いな、と思いましたね。いや、本当に愛しているんだと思うんですよ。でも、それを盾にした瞬間に恐ろしいものになるな、と。

「愛」の名のもとに自分を正当化したり、相手を従わせたり・・・

余談ではありますが、これって「正義」に似てるな、と思いました。

愛も正義も一見正しいものだから、これを言われると言われた相手は事の真偽は別として多少ひるむと思うんですよ。でも、両方とも決して客観的なものではないんですよね。正義でさえ、立場が変わればそれも変わるんですから。

この「正しそうなもの」て厄介だな、て改めて思いました。

 

妊娠中に彼女は不思議な夢を見るんです。鹿がハンターに撃たれるという内容なんですが、それがこれから起こることを象徴していたのかな、と。なんとも言えず、暗くて陰鬱な感じなんです。

決して望んでした妊娠ではなかったこと、それによって変わったことや不安は、例え子供を愛しいと思っても彼女に何かしらの影を落としたんでしょうか。

ただ、この女優さん、全然表情が読めないんですよ。全くの無表情。不気味さを感じるほど。だから、ちょっと思ったんです。本当は彼女は心のどこかで妊娠をさせた夫を恨んでいたんではないか、て。それは自分でも意識することもないほど深いところで。でも、途中で自分をコントロールすることもできず、希望さえ感じてなかったんじゃないか、て。最後の彼女の表情を見て思ってしまいました。

この家族に全く感情をいれない第三者が冷静に、かつ多少強引に介入することができていたならもしかしたら結末は変わっていたのかもしれないな、と思いました。

観ながら感じたのが、なんか柔らかい檻の中みたいだな、て思ったんですよ。逃げられないし、逃げようとしない、捕まえていて、捕まってる。動きたいのに動けない、みたいな。心地いいわけじゃないんです。でも「愛」であったり「愛のようなもの」が見えてるから身動きできない・・・て感じでしょうか。

だから、何度も「あ~、もう!」みたいな感じになってました、私が。

 

 

映画「マダム イン ニューヨーク」感想※ややネタバレあり

≪あらすじ≫

インドで夫と娘、息子、義母と暮らすシャシは料理が得意な専業主婦。子供達の学校では英語が使われており、また、夫も仕事で日常的に英語を使用するため、ヒンドゥー語しか話せないシャシを夫だけでなく娘まであからさまにバカにします。そんな時、ニューヨークに住む姪が結婚することになり、その準備のため一人、先にアメリカへと旅立ちます。英語が話せないシャシはニューヨークでも話せないことによって辛い経験をするのですが、一念発起し、誰にも内緒で英会話学校に通いだします。様々な国から様々な理由で集まったクラスメートと共に英会話習得に励みますが・・・。

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≪感想≫

まず、すごくよかったです。最初は英語を学ぶことによって世界が広がる、て感じの話なのかと思ったけど、それ以上でした。

「人は自分を嫌いになると自分の周りの世界も嫌になって新しいものを求めてしまう。でも、自分を愛すれば古い世界も新鮮に感じる。」

シャシの言葉です。世界が広がることはいいことだけど、内なる自分を見つめて、声を聴き、愛することで新しい見え方ができる、てことなのかな。

英語を話せない自分を情けないと感じ、バカにする家族に対しても責める気持ちを持つシャシ。そして、自分に好意を寄せてくる男性に戸惑いながらもときめいてしまう。これ、わかる気がする。何かうまくいかない、て思うと何かのせいにして新しいことを求めてしまう。でも、原因は自分の中にあるから新しいものを手にいれてもまた悩んでしまうんですよね。

また、最後のシーン、主人公のシャシが姪の結婚式のスピーチでこう言います。

「自分を助けてくれる最良の友は自分」(ちょっと言い回しが違うかも?)

人は誰かとの関わりの中で生きている。それは時に自分の世界を小さく捉えてしまったり、自分の価値観の基準を見失わせることもある。そうなると自分を嫌いになったり、心が平静でいられなくなる時もでてくる。

でも、誰かを見て答えを求めるのではなく、自分を助ける方法を自分自身で与えてあげる。

これって意外に難しい。なぜって、外に求める方が楽だから。

シャシは勇気をもって現状を変え、自分への敬意を深めます。不満や失望から逃げるのではなく、自らの手で慈しみ、愛をかけるために。

シャシは英語を習い始めましたが、これってきっと、英語を習得しなくてもよかったんだな、と思います。英語の習得はただの手段なだけで。たまたま状況的に英語を話せた方が楽で、勇気をだして行動に移したということがシャシの心まで変えていった結果じゃないかな、て。

行動するってことは、いい悪いは別として、自分の内外が変わりますからね。そのハードルが高いほどに。

インド映画特有の歌とダンスはエンディングのみですが、楽しくて、勇気が出てくる映画でした。