7年【備忘録】

あの未曽有の大震災からもう7年。

ここ数年のことのような気もするけど。

あの時、私は何が起きてるのか全く理解できていませんでした。

体験したこともないような大きな揺れに、自分の身を守るために落ちてくるファイル類を同僚と必死で抑え、揺れの合間にすぐに建物の外に出されました。しかし、上着を持ち出す余裕もなく雪が降る中、どうなるのか震えて待っていましたね。

それから一旦、職場に戻りましたが、財布や携帯といった貴重品は持ち出せず身一つで家路につきました。

当然、電車は走ってはおらず、真っ暗な夜道をただ必死に歩きました。車はみんな止まってくれたり、道を譲ってくれ、本当に今考えてもありがたかったと思います。

途中、空を見上げたら、すごくきれいな星空が見えたんです。

でも、同僚と無言で一生懸命歩いている状態で、「星がキレイだよ」とはどうしても言えなかった。不謹慎な気がして。既に結構な距離を歩いて疲れていたのもあったし、水道が壊れていたのか道路はところどころ水があふれていたり、足元のブロックも隆起していて注意をしなくてはいけない状況だったから。そして何よりも、微かなガスの臭いがしたため早く離れなくては、という焦りもあったんです。

でも、同僚の一人が「星がすごくキレイだよ」て言ってくれたんです。そしたら、他の子も「本当だ」とみんな一緒に空を見上げて、そして、少し笑ったんです。

すごく嬉しかったのを覚えています。

その後はなんとか家に帰れはしましたが、ラジオから聞こえた惨状をきき、またわけがわからなくなりました。

だって、私の家からそう遠くない海岸ですでに津波による被害が出ていたので。

翌日、スーパーに食料品を買うために並んでいるところにどこかの新聞の号外をもらい、初めて災害の大きさを知ったのです。いや、何が起きたのかを知ったんです。

夜通し聞こえたヘリコプターの音は救助のためだったのか、とぼんやり考えてました。

海岸から遠い我が家や家族には被害はなく、それは純粋にありがたかった。

でも、周りはそうではなかったから、罪悪感さえ感じました。

電気や水、ガスが全て復旧したのは約1週間後。久しぶりに入ったお風呂で泣きました。お風呂に入れることがこんなにもありがたいなんて、て。

震災の翌日、突然、生理がきて、そのうえ、ヘルペスにもなって「なんでこんな時に」と思いましたね。全然予定日じゃないのに、て。

それからしばらくして、友達が「止まってた生理がきた。でも正直、お風呂に入れない状態だったからよかった。」て言って、二人で笑いました。ストレスからなのか同じように生理がこない同僚は多かったんです。

その時になんでか、「あぁ、震災を受け入れられた(起きたことを信じられた)」と思いました。

テレビも見られなかったし、被災地が見える場所でもない。ボランティアで行った時も「津波の跡」は見えたけど実感がなくて。

新聞を読んでも、テレビを見られるようになっても、ネットを見られるようになっても。

わからないけど、ただただ、悲しいと。でも、直接の被害に遭っていない私が悲しむのは偽善じゃないかと思えて。

だから生理の話になった時に、自分なりにショックを受けていたんだと、それくらいなら許されるかと思ったのかもしれない、と。

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