母との関係

今が一番、穏やかに母と接することができていると思います。

 

「毒親」とか「娘に依存する母親」とか、母親と娘の関係というのはまた特別なものであると感じます。

実をいうと私の母もどちらかというと依存型。

少し天然なところもありますが、それとは別に誰かといたい人なんです。

進学等で家を出て行った兄弟達とは反対に、実家天国だと思っていた私は、家を出る必要性も感じず実家に住み続けました。

でもある時、ふと一人暮らしがしたいと思ったのですが、その時には母に老いが見えてきて一人残して行くのがためらわれ、家を出たいということは母を捨てていくような気がして実行に移せませんでした。

 

それなのに、家に一緒にいても、母との会話は少なく、自分の話ばかりをする母を面倒くさいと感じたり、自立心がないと感じられた(そんなことはないと思いますが、今となっては)時には苛立ったり。

自分が家にいなくてはいけない状況、それは先に出て行った兄弟達にも腹立たしいと思ったこともありました。

 

なのになぜか最近、母との関係がすこぶるいいんです。

「母に苛立たない。」

この一言に尽きます。

それにしてもなんて自分勝手な言葉なんですかね・・・

 

きっかけは、思い当たることがあるんです。

「母を大事にしよう。母より長く生きて看取ってあげよう。」と思ったことです。

別に大したことは考えてないんですが、こう思ったのも理由がありまして。

学生時代、少し引きこもっていて不登校だったこともある私だからか、母は私がいい歳になっても「生きていてくれるだけでいい。」無職になっても「朝起きて規則正しく生活してくれるだけでいい。」と言ってくれます。

「何を悠長なこと言ってるのよ」なんて軽く流してましたが、よく考えれば、これって究極だな、て。

それまでは結婚したいとか、多少は仕事を頑張りたいとか、色々考えていたのに、そういう気持ちが消えてしまったんです。なんか、本当にどうでもいい、て。

そもそも私は母を大事にすることさえしてなかったと思ったんです。

母親に育てられ、長い時をずっと過ごしてきたはずなのに、母と私は驚くほど価値観も考え方も違い、どちらかといえば気が合わない。よくケンカもします。

そして、母とケンカした後には決まって罪悪感を感じていました。

年老いた母に優しくできない自分を許せなかったし、なんでも頼ってくる母のことも嫌だった。

でも最近、母に苛立ってもいいや、て。そういう自分を許すことにしたんです。そうすると母のことも許せるようになって。

まあ、いいやって。

いい娘でいようと思ってもできないから、とりあえず、母より長く生きてよう、て。その程度でいい、て。

そう思ったらなんだか反対に母に優しい気持ちが持てるようになったし、今まで本当は自分が母に依存していたんだとも気付きました。

ハンカチが裏返しで畳まれていたのは年老いて目が見えなくなっているからだし、好きな家事しかやりたがらないのも身体が思うように動かなくなったから。書類の管理が全然できないのは、そういう性格だから。

 

それをわかってる、と言うのではなく、「じゃあ、一緒にやろうか?」とか、「苦手なことは私がやる」と言えるようになってやっと少し母の老いも含めてほんの少し受け入れられるようになってきたのかな、て思うんですよね。

そうすると自然と母に感謝の言葉が言えるようになってきました。私が「ありがとう」と言ったり母を褒めるとすごく嬉しそうな顔をするんです。

そこで今までの自分の至らなさを反省すると落ち込むこともあるけど、忘れないようにしよう、と思ってます。

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